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集出版社主催「骨董 笑日幸美 大賞」集37号第1回作品発表!!

 欧州映画ポスターの独り言
(ペンネーム) モンパルナスの灯

運命は従ふものを潮にのせ、抗むものを曳いて行く……。「商船テナシチー」それが私の名前です。1934年(昭和9年)生まれ、泣く子も黙るジュリアン・デュヴィヴィエ監督作品の映画ポスターです。
 私が生まれて間もなく、日本国は大東亜戦争とやらに足を踏み入れ、その後、次第に都内は空襲が激しくなり、仲間たちのほとんどが、本人たちの意思とは裏腹に、真っ赤な炎の中に散って行きました。私の場合、戦火を逃れて四国のとある村の納屋に疎開しておりましたものですから、現在の平成の世まで生き延びることが出来た訳です。今では、私の兄弟たちは国内に数人しか確認されておらず、誠に寂しい限りでございます。
骨董屋さんと呼ばれている方々は、私どもを見つけるなり、眉間にシワを寄せるご主人やゴミ同然の扱いをする諸氏が少なくありません。が、焼物・掛軸・古民具等に負けず劣らず、国立の美術館や大学の図書館等、嫁の貰い手には困りません。友人の中には、巴里のシネマテイクという映画博物館へ嫁いだ娘たちも大勢いますよ。

  

 実のところ私たちは、ジャズ評論で有名な野口久光先生の筆によるもので、封切間近、徹夜で描いて頂いたことが常でありました。多忙の中、先生は活字を使わず、細かい文字まで丁寧に手描きで、ひとりひとりに愛情を注いで下さいました。先生も14年も前に他界され、今では私たちの仲間を目にする機会はほとんど無くなってしまいましたが、戦後の孫たちの中には、比較的、露出度の高い子もございます。たとえば「大人は判ってくれない」。彼は、トリュフォー監督のお目に叶い、仕事場にディスプレイされたり、「二十歳の恋」なる映画に出演まで果たしてしまいました。そういう話を耳にすると、私たちに対する、文化・芸術としての正当な評価が深まって行く事に、少なからず目尻が下がる想いであります。世界的デザイナーの横尾忠則くんや和田誠くん、そして映画監督の大林宣彦くんたちに多大なる影響を与えたのは、紛れも無い事実なのですから……
 夏の強い日差しに耐え、時には雨曝しに逢い、画鋲で穴をあけられたり、糊で貼られたり、落書きされたこともありました。挙句の果て、小さく切られメモ用紙にされた仲間もいました。最近では、昭和レトロなるブームとやらでチヤホヤされているようですが、当時は生きるのに大変な時代でございました。
しかし、あの頃は人々の温かみが感じられました。何もかもが、活気に満ち溢れていたあの時代は、もう望郷の彼方へ過ぎ去ってしまったのでしょうか。
 ──誇り高き欧州映画ポスターは、黙して何も語りませんが、セピア色したその風貌から醸し出されるものは、言葉だけでは表せない独特の雰囲気を、今もなお放ち続けております。(了)


 第1回 つくば骨董祭開催!!
つくば骨董祭実行委員会広報 栗の家骨董市事務局 大森
 桜満開の春の良き日に、『第1回 つくば骨董祭』を開催した。事の発端は10数年前に遡り、首都圏で開催されたある骨董催事にて一人のお客様が購入された商品を、店主M氏が配達した縁による。その際に店主M氏は、配達先の家主の広大な敷地に建てられた豪農の屋敷を移築した古民家の茶房、自然豊かな庭園の景観…都会にはない何とも言えない空気感に安らぎを覚えたそうだ。それから幾度となく訪ねるうちに、家主の要望もあり、茶房の軒先にてM氏たった1店で、いわゆる「露店」を開催した。当時首都圏や歴史のある街に骨董市はあったものの、北関東にはまだ皆無だった。時とともにM氏の呼びかけにより、数名の仲間業者が集ったものの、まだまだ「骨董市」と呼べる代物ではなかった。
 そうこうするうちに、都内の骨董催事に通う茨城県内のコレクターHさんより、「茨城でも本格的に骨董市ができないかな? 都内に来れないコレクターもたくさんいるし、仲間に声はかけるから……」と、M氏に相談が持ちかけられた。思案の結果、かの地にてM氏は本格的な骨董市の開催に踏みきったのである。それが現在の『栗の家 骨董市』だ。「真面目な業者、古い物にこだわろう!」と、M氏の方針の下、1店また1店と賛同する業者が集まり、ここに本格的な骨董市が誕生したのである。出店業者が増えるたびに、自然豊かだった庭園も「骨董市会場」として整備され、来場者増加に伴い、駐車場も増設と、今では想像できないくらい本当に一から作られた骨董市である。余談だが、あくまでも「個人の敷地」であるため、たくさんの集客に対応するトイレすらこの後数年間会場内にはなかった(因みに今はありますよ!)。また随分後になるが、M氏との懇意な付き合いが縁で、元『開運! なんでも鑑定団』鑑定士・安岡先生のコレクション展示館『杢魄舎〈もくはくしゃ〉栗の家館』が、さいたま市大宮、栃木県氏家町に引き続いて開設された。とまあ、こんな経緯で始まった我らが『栗の家 骨董市』だが、開催も軌道にのったころには、全国各地にて新たな「骨董市」、首都圏においては大型骨董催事もたくさん開催されるようになっていた。と同時に、M氏の脳裏にも一つの構想が生まれていた。「せっかくたくさんの骨董ファンが集まるこの地域……骨董市を育ててくれたお礼もかねて、お客様の為に本格的な室内催事ができないか」と……。
 このM氏の構想から数える事数年、我々も賛同してみたものの、会場探しがかなりの難関だった。県庁所在地水戸を中心に探してはみたものの、相応しい会場が見つからないと言った状況のまま、時間だけが過ぎたのである。ところが「運」と言うものはあるときふっと廻ってくるもので、我らがスタッフでもあるイベント出店大好きのAちゃんが、思わぬ好立地な会場を探してきた。それが今回会場となったつくば研究学園都市中央に位置する『つくばカピオ』である。聞けばたまたま通りかかったところ、物販のイベントが開催されていて、店舗数や集客状況により、骨董祭開催も可能!!と判断したようだ。
 会場も見つかったところで、いよいよ開催に向けて事務局の立ち上げである。当然ながら『栗の家 骨董市』を運営する10名のメンバーにより、実行委員会が組織されたのが、2007年夏。地理的な知名度は『つくばエキスプレス』の開通により、願ってもない追い風も吹き出したのである。地元に店舗を持つAちゃんの店に「実行委員会事務局」を設置した。会場が見つかり、まずは開催日の決定・会場の予約が急務となった。会場の下見をしたところ、室内アリーナ以外に屋外に出店スペースを取れることから、室内とアウトドアによる露店との同時開催を決定した。天候不安、ほかの催事開催との兼ね合いから、開催日は2008年の4月上旬となった。また日頃から『栗の家 骨董市』を応援してくださっている安岡先生が、講演会を開いてくださることも決定。運良く希望日の会場予約も済み、個々の役割分担により開催へ向けていよいよ動き出したのである。
 なにせ大型催事の企画は初めてと言うこともあり、何度も何度もミーティングを開いた。初の開催地、業界無名組織による開催と言うこともあり、開催に対する希望よりも不安が増大していく日々であった。寒さも厳しくなった12月……開催に向け、出店者募集告知を開始した。と言っても出店数に限りがあるため、大々的な一般公募はせずに、各々が業者市場や催事、露店などで募集することにした。この頃、催事主催のベテランI氏などから助言やアドバイスもいただき本当にありがたかった。年が開けるとすぐに一般顧客に対して、開催告知を各催事会場、骨董市、当然ながら『栗の家 骨董市』でも開始。この頃には総務を担当したU氏、M氏が多忙な日々となった。広報担当のM氏と私は、関係機関や主要集客施設などへの営業の日々が続いた。募集に関しては予想を上回る感触で、あっという間に予定件数に達した。当初、役員出店用に割り当てられた区画も募集過多により「没収」(笑)となり、管理上半コマ2店のみ役員がアリーナ出店、残りは会場に相談し急遽、入口ロビーに特設出店区画を設けることとなった。寒さも和らいだ頃には、本格的に業界誌・新聞を中心とした宣伝も開始し、事務局には開催に関する問い合わせが日増しに増えてきた。
 桜の季節になり、いよいよ開催の運びとなった。我々役員は開催前々日より会場設営のため現地入りし、その日から遠方の者はホテル住まいが始まった。そして搬入日……スムーズに業者搬入も終了し、会場をあとにし、「さて、開催に向けて最終ミーティング!!」と、正にその時……茨城県震源地地震!!が発生した。かなりの大きさでM氏と私は会場の様子が心配になり、急いで再び会場に戻ったのである。「一体幾らほどの原価…もしくは売価」があるのか想像しただけで、M氏と自分は顔面蒼白である。会場に着くと心配をよそに凛々しく骨董品の数々が輝いていた。そしていよいよ開催初日!! 入り口前にはたくさんの行列ができ、一般客は勿論のこと、全国より同業の方も見えられ無事に幕をあけたのであります。
 「これぞ大型フェアの醍醐味!!」と思われたのは、海外からのバイヤー、奈良・京都・岡山などかなりの遠方よりもお客様が見えられたり、驚くほどの金額を使われたお客様がいらっしゃったこと。またテレビに度々出演される某有名企業の社長もお見えになられたり……。また小さなネタとしては普段催事に出店したことのない「買出し屋」の盟友K氏が、買出し品より「秘蔵」として所蔵していた逸品を持ち寄り参加してくれた事も記したい。まだまだ家には「名品」を眠らせているらしいが……。露店会場にもいわゆる「買出し屋」さんが出店されていたが、さすがに人気だった様子。2日間出店の予定が、完売で品物がなくなり、1日で切り上げと言う一幕もあったた。「物がない」と叫ばれる骨董業界だが、催事会場を見渡す限りの品々……本当に圧巻だった。
 今回、我々「つくば骨董市実行委員会」は初の主催と言うこともあり、ご出店いただいた業者様、お見えになられたお客様には至らぬ点も多々あったかと思われます。しかしながら皆様のお蔭で事故もなく無事に閉会できましたこと、誠に感謝致しております。また開催に至るまでご支援頂きました諸先輩方、安岡先生、集出版社様重ねて御礼申し上げます。(了)



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