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■2004/6/30(水) 時のたつのは、はやいらしい

明日でもう7月だ。

今年も半分終わる。

年上の人たちは
歳を重ねると、もっとはやいよ
といわれる。

なるほど、そういうものかもしれない。

子供の頃は一日がはやく、
一年が長い。

大人になると一日が長く
一年が短い。

5年前は
まだ私は定職はついてなかったが、
あの頃のことを思うと、
もう時の経つはやさを感じざる得ない。

先日、私の友人が子供を生んだが、
また別の友人がオヤジになった。

私のまわりはベビーブームだ。

私自身、30歳になるが、
未だ大人になった実感はないが、
子を持つと、人は大人になるのだろうか。

つい最近、オヤジになった私の友人は
数えきれないくらい一緒に酒を飲んだ。

私の趣味は飲酒くらいなもので、
彼には随分楽しませてもらい
今でも感謝している。

かなり危なっかしい男で
身体をこわすような勉強方法や
酔えば、運転したり、飲み屋でイタズラをして
私は彼のことを
敬愛をこめて、バカだなぁ、と思っていた。

そんな彼が人の親になったという事実を
私はうまく受け入れられないでいるが、
とりあえずめでたいことだ。

つい思いで話になってしまったが、
時のたつのは早いが、
私のような平凡な人生でも
いろいろあるな
ということを言いたかった。

そう考えると
骨董品というのは、
何百年とかの歴史を持っているのだ。

よくぞ壊れることなく、
あるいは壊れても直されて
現在に残っているな、と思う。

よく考えると
すごく貴重だ。


■2004/6/29(火) 悩み

私はほぼ毎日
このインターネットに
骨董の本を作る者の声として
何かしらを書いている。

そこでふと思う。

実際何人がこのコラムを読んでいるのだろうか?

インターネットだから
何人このコラムに訪れたかは、
数字の上ではわかるのだが、
本当に読んでいるのか
ふと不安になる。

誰も読んでない
と思うと
「無駄なことをしているのでは?」
という無力感に襲われる。

いくら文章を書くのが好きとはいえ、
誰も読んでくれてないのじゃ、あんまりである。

というわけで、
是非、このコラムに対する
「こんなテーマで書いて欲しい」
とか
「もうやめてくれ、こんなくだらないコラム」
とか
「とにかく最高デス。毎日生きる勇気がでます」
など、なんでもいいので、感想が欲しい。

もし良ければ
以下のアドレスに送って頂けないだろうか?

shunet@shunet.co.jp

もしくは上の
「E-mail」
となっているところを
クリックすると
メールできます。

「編集だより」の感想係宛にお願いします。

首をなが〜くして
お待ちしています。


■2004/6/28(月) 清原(巨人)と健康について

最近私は健康について
考えることが本当に多くなった。

ここ一ヶ月、
同僚が病欠していたことも
無関係ではない。

大規模な会社はどうかしらないが、
ウチのような少人数で運営している会社で
一時的とはいえ、一人いなくなるというのは
かなり重大な問題だ。

よくプロ野球で、
清原故障!!
とか報道しているが、
あれって
球団としては
かなり痛いことなんだな、
と最近わかった。

かつては
「給料泥棒」みたいな
雰囲気で彼をみていたし、
最近では、私の中の注目度はゼロに近くなっていた。

しかし、清原や主力社員がいなくても
なんとかなってしまうのが現実だ。

プロ野球ならば、
新しい人材が活躍するチャンスだし、
会社だって
担当者がいなくなることにより
みんなでない頭をしぼって
システムを多少なりとも改善出来る。

ピンチの中にチャンスありってやつだ。

例外はあるかもしれないが
誰か一人いなくなって
物事がすすまなくなる
という団体はない、
というのが私の考え方だ。

どこかの国の大統領が殺されても
その国は、なくなることなく、
なんとか運営されるくらいなのだから。

同僚は無事復帰をして、
身体の調子をみながら
働き始めた。

会社を空けていたことを
大変責任を感じているようだし、
一ヶ月も入院していたので、
労働意欲も再び芽生えたのだろう。

まあ、無理をせず
徐々に復帰してくれたらと思う。

ケガから復帰した
清原も同僚と同じような
心境なのだろうか?

とういわけで
清原をみると、
「あんたが一番辛いのかもね」
とタイガースファンの私でも
ちょっぴり思うのだ。


■2004/6/25(金) 最近

昨日は酒について書いたが、
骨董のことについて書くことが前提ならば
酒といったら、
徳利とかぐい呑みの話を書くのが
正しかったのだろう、と思う。

私自身は
骨董品を買うことはないので、
良い焼物で酒を飲む機会はほとんどない。

器によって
酒の味がかわるかどうかは、
知らないが、
良い器で飲めば、
気分がいいのは確かである。

私は酒を飲むとき
入れ物に
こだわりはないが、
プラスチックのコップは
カンベンしてほしい、と思う。

外で飲むときは使い捨ての紙やプラスチックのコップは
仕方がないし、あまり気にならないのだが、
赤ちゃんが使うようなコップだけは苦手だ。

なんかうまくない気がするのだ。

そんなお上品なことを言いつつ、
酔えば、あまり関係なくなるのだが。

誰か
このコラムを読んでいる人で
気前のいい人が
「君のような酒飲みには
この器がピッタリだ」
とか言って
ぐい呑みでもプレゼントしてくれないだろうか。

など図々しいことを
考えながら
発泡酒を飲むのが現状だ。

自分で作った
徳利と猪口があるので
それ以外はあまり興味がないのだ。

最近は
暑いので、
ビールがうまい。

しかしビールだけでは
毎日飽きてしまう方には
ジントニックをお進めする。

ジンをボトルで買ってきて
ソーダ水とライムを買えば
すぐに飲める。
ライムの柑橘系の風味がさっぱりしていて
とてもジンにあう。

何より安くつくのが良い。

私はビールが一番好きなのだが
このジントニックも
相当オススメだ。


■2004/6/24(木) 酒について

私は最近あまり
飲酒をしなくなったが、
かつてはよく飲んでいた。

ある意味では
食べ物より酒のほうが
重要であった。

アルコールは
合法ではあるが、
立派な薬物だ。

飲めば、
大瓶のビールを一本も飲めば
酔うことが出来るし
酔っ払いの、態度、言葉などは
正常な人間とは全く違うし、
記憶だってとんでしまう。

シラフの人にとって
酔っ払いほどイヤな存在はないだろう。

おとなしく飲んでいる人ならいいが、
たいてい酔っぱらうと
こぼしたり、声が大きかったり
話がくどくなったり
ドタバタうるさかったりする。

私は酔っぱらうので
迷惑をかけるほうである。

「全然迷惑じゃない」と
かつて言っていた人も
度をすぎると、
「迷惑で仕方がない」
という気持ちに変わるらしい。

相当イヤなのだろう。

現在、私は飲みすぎに注意を
座右の銘に
毎日を過ごしている。

禁煙三年目に突入した私にとって
飲みすぎない、という課題は
たやすいはずだった。

しかし数年前よりも
明らかに酒に弱くなっているので、
そのへんを考慮しないで
かつてならこのくらい平気だろう
と思って飲むと
翌朝意外なほどの二日酔いになっている。

第一線で活躍していたアスリートが
歳をかさね、
かつてのような活躍が出来なくなるのに
似ている。

生物として私は衰え始めている。

20代の体力を維持しつづけるには
それなりの努力が必要なのだろう。

酒で自分の体力の低下を自覚している
今日この頃だ。



■2004/6/23(水) 昔を懐かしむ

強いられた貧乏は
辛いだろうが
若いころの貧乏は
我慢できる。

私も学生時代や
卒業後の一人暮らしは
まあまあ貧乏だった。

食べ物も質素で、
小麦粉を水でといて焼いたものや
じゃがいもをゆでて塩をかけたものが
主食だったこと時期もある。

ハラが減ってもカネがないときは
カロリーを消費しないように、
ただベットの上で寝ころんでるだけ
というモノグサ太郎のようなことをしていた。

何もしなくても
生きてゆくだけで
かなりのエネルギーが必要なのだ
ということを
身をもって知ったは、この時期だ。

そんなだから
メシや酒をおごってもらうのは
心からうれしかったし、
自分がおごるときは、
かなり気合いが入ったものだ。

そのくらいカネがなくても
見るものは何でも新鮮で
あらゆる経験を
愉しむことが出来た。

若いからカネがないのは
当たり前だ
と割り切った考え方を
していたせいかもしれない。

貧乏と言っても
必ず毎日酒は飲んだ。

その程度の貧乏だった。

もちろんビールは高いから
外へ飲みに行くときは安い飲み屋で、
普段は家で
安いウォッカやバーボンとかの蒸留酒を
毎晩飲んでいた。

よく友達と酒を飲んだが、
その中の女友達のひとりが
カアチャンになった
という知らせを受けた。

3500kgのデカイ赤ん坊を生んだそうだ。

おめでとう、と言いたい。

「ああ、みんな
それぞれの人生を
生きているんだなぁ」
と当たり前のことを実感する。

なんとも
言えない気分なのだ。


■2004/6/22(火) 今年の夏は・・・

昨日は台風が来ると
聞いたので、
ひそかに期待していたのだが、
風の強い日程度だったので、かなり興ざめだ。

台風ならば、
ビュービュー吹きまくって
雷もドカドカ鳴り響き、
川は洪水、くらいでないと
面白くない。

前評判だけの台風であった。

次の台風は、期待を裏切らないでほしいものだ。

今日はすごく暑い。

私はクーラーが好きで
使いすぎてしまい、
カラダにも経済的にも
よろしくないので、
なるべくつけないようにしている。

友達の家に一ヶ月以上、居候していたときは、
24時間、30日以上、クーラーをつけ、
私はその中で、飲食(もちろんその友達のおごりで)をしていた。

クーラーに一日中あたっていると、
太るし、なんとなくだるいし、
健康に悪い、と実感したのはこのときだ。

なので、
居候という身分のくせに、
家主がいないときは、
身体の健康を気使い
ジョギングや筋トレなどをし、
そして
ひとっ走り終えると
クーラーの聞いた部屋で
ビールを飲む。

あの日々を提供してくれた
心広い友人に今でも私は感謝をしている。

それ以後
私はなるべくクーラーは
使わないように
心掛けているが、
誘惑に弱く、
ちょっとでも暑いと
かけてしまう。

リモコンでピピっとカンタン操作だなぁ
と思いつつ
その文明が生んだ涼しさを満喫している。

もちろん今も
よく利いたクーラーの部屋で
これを書いている。

今年は暑くなりそうなので、
クーラーの活躍が予想される。



■2004/6/21(月) 台風と天気予報

私にとって、毎日更新は難しい、
ということを先日書いた。

それから、もう10日以上の日数が経過している。

これは考えものだ。

こうなると
どうしょうもなくなるということを
私は経験上知っている。

でもがんばって
毎日更新します。

わが街、高崎にも
台風が来そうだ。

私は天気予報を見ないので、
台風が来るとしらなかったのだが、
昨日、10人位に
「台風がくる」と言われた。

床屋や古着屋のにーちゃんにまで言われた。

世間の人は、私の思った以上に天気予報を観ている。

特別熱い日や寒い日の気温とか
教えてくれる人は多い。

明日の天気がわかったところで、
どうなんだろう、と思う。

雨なら、朝目が覚めた時点で、
カサを持って出掛けよう、と決めればいい。

熱さ寒さなんて、
どっちだろうと、とりあえず
上着を持って出掛ければいいじゃないか。

しかも天気予報は、はずれることもあるのだ。

今回台風は、予想通り来た。

しかし、私は今日特に台風にそなえていないが、
何ひとつ困っていない。

そうは言っても
天気予報が
気温や雨や風の具体的な強弱等
カンペキに当ててくれるのなら
観たいな、とひそかに思う。



■2004/6/14(月) 写真撮影

骨董品の撮影をしばしばする。

自分で簡単に
デジカメで撮ることもあれば、
カメラマンの撮影を手伝うこともある。

自分で撮るのはあくまで自分のペースで撮れるので、
大変だが、それほど苦ではない。

カメラマンの手伝いをするときは、
結構苦痛である。

品物を配置を手伝ったり、片づけたりする。

皿や壷など骨董品は壊れやすいものが多いので、
品物の移動は、ハラハラする。

ちょっとさわっただけで、
割れてしまいそうな須恵器などを運んでいるときは、
必ず
「これ壊したら、一日の稼ぎがパーどころか借金背負うことになる」
と言う。

半分冗談で半分本気だ。

というかほとんど本気だ。

写真撮影の付添をするのは、
一見なにもしていないようで、
楽に見えるが、
とても疲れる仕事だ。

私自身も理由はわからないが、
なぜか疲れる。

きっと神経をすり減らしながら、
仕事をしているに違いないのだ。

骨董の撮影の難しいところは
その品物が何かわからないときが困る。

例えば
前立てというカブトのオデコのところに
つける飾り(ツノや、龍の彫物、三日月形、家紋等)は、
それだけ、テーブルに置いてあると、意外と何なのか
わからないことがあった。

動物など連想しやすものならば、
まだなんとなく想像しやすく
撮影も出来るのだが、
V字の飾りなんて
なんだかまったくわからないので、
まったく見当違いに撮影してしまうこともある。

私はかつて写真撮影で、
フィルム100本ばかりを
失敗したことがある。

業務用のカメラで
リバーサルフィルムでは
露出がとても難しいのだ。

あれで、
私の中のカメラを勉強しよう、
という真剣な気持ちはなくなったといっていい。

カメラを使う度に、
失敗したことを思いだすのがうっとうしい。

克服するには、カメラをいっぱしに使えるようになるしかないので、
たまにカメラのカタログとかビックカメラでもらい、
買おうかな、と考える日が最近多くなっている。



■2004/6/9(水) 継続することの難しさ

毎日更新と決めたはずだが、
日々の業務の忙しさに負け、
更新していないことが多くなった。

3日坊主。

私は物事を長く続けることが出来ない。

「継続は力なり」
という言葉を小学校のとき担任に教えられ、
「何事も長く続けられるようになりなさい」
と言われたが、未だに実行出来ていない。

「先生、長い目でみとぉせ」
というしかない。

骨董屋さんの中には、
骨董一筋何十年とかいうひともいたりるする。

ヘタをしたら、私が生まれる前から
ず〜っと骨董屋さんなのだ。

私の人生は、決してたいした人生ではないが、
人並みの出来事はあったと思うが、
その間もずっと変わりなく、
骨董屋さんを続けている人が結構いるのだ。

男子一生の仕事ってやつだろうか。

気が遠くなる。

長年骨董屋さんを続けている人をみると、
好きな仕事を一生やっていけたら、
どんなに幸せなことだろう、
と最近よく考える。



■2004/6/1(火) 関ヶ原について2

しばらくいそがしくて更新
出来なかった。

関ヶ原の続きだ。

関ヶ原の合戦のとき
私ならどちらにつくか?
と考えているが、
どうも石田三成の下では働きたくない結論がでた。

ならば東軍の徳川家康はどうだろうか?

三成と共通しているのは
あまり冗談を言える相手ではなさそうだ。

三成に言ったら怒られそうで
家康に言ったら、
無視されそうな感じだ。

いずれにしても冗談の通じない相手だ。

しかし当時の情勢を考えると
世間は豊臣政権に嫌気がさしていたようだ。

大阪城建築や
朝鮮出兵など
とにかく金を浪費し財政はガタガタで、
民は疲れ切っていたらしい。

大名達も同じであろう。

土地も限られ国内にそれ以上の石高もないとなれば
新しい政権にかけたくなる気持ちもあるだろう。

家康のほうが
戦は強そうだ。

つまり勝つほうにつこう
という気持ちで、東軍につきそうな気がするが、
実際になったら
いろいろなしがらみで
西軍についていそうな気もする。

あるいは戦が嫌いなので、
どちらにもつかないかもしれない。